痛みのしくみ
診察室、時に転倒し、受傷した患者さんがおいでたとします。
まず、どこが痛いかを尋ねます。
たまに「あちこち痛い、肩も腰も膝も」などと言われることがあります。で、「どこが一番痛いか」と尋ねると、「全部同じほど痛い」という返答がかえってきます。この時点でどの患部も大した負傷ではないことが推測できます。
人が痛みを感じるには、神経細胞の興奮によって電気信号が生じなければなりません。これまで何度も繰り返し書いてきた神経の先端の細胞です。
例えば、皮膚にボールペンを軽く突き立てます。
力を入れていない最初に痛みは感じません。徐々に力を入れていくと、ある時点から痛みを感じるようになります。その刺激の強さが神経細胞に最初に興奮をおこす最低限度のものです。その強さ以前では反応しません。
これを「全か無かの法則」と言います。つまり、神経細胞は興奮しているか、していないかのどちらかの状態しかないということです。
そして、興奮した時に発生する電気は、「約100mvが約0.3秒」と一定であり、負傷の程度で電気が強くなる訳ではありません。ただ、「100mvの0.3秒」のセットの連続の頻度が多いほど強い痛みの信号として脳へ届きます。そして脳はそこが痛いと認識します。
それでは、強い痛みの信号があちこちから一度に脳へ届いた場合、脳はどんな判断を下すのでしょうか?
実は、痛みに関して脳は聖徳太子的でありません。脳は一番強い信号を緊急性があるとして他の痛みの信号は受け入れません。
右足をひねって捻挫したところへもってきて、左足を骨折すると、捻挫の痛みなどはさほど気にかかりません。
そしてもっと強い大きな痛みの信号が入力された場合、今度は神経の信号すべての受け入れを止めます。これを「広汎性侵害抑制調節」と言います。
以前、高速道路でガードレールに接触したオートバイの運転手が、片足を切断したことに気づかず、しばらく走行していたというニュースがありました。そういう事だと思います。
また、サバンナで、肉食のライオンやチーターがシマウマなどの草食動物の首に咬みついたとたんに、相手は生きているのにぐったりとして肉を食べられていますが、あれも一瞬で知覚神経と運動神経を自ら止めているためで、痛みは感じていないそうです。
草食動物に備わった仕組みで、ある学者は「神が与えた恵み」と言っています。 人間もどちらかというと草食動物に近いので、そういう仕組みがあるようです。
ところで、初めから痛みを感じなかったら・・・。
「アロディニア」という先天性の病気があります。痛みを感じないので、体のあちこちを力加減もわからずぶつけてしまうため、ケガが絶えず、傷が化膿して腐っても気づかないため、寿命は短いようです。
たまにはまじめに、雑学的生理学などを思い出した次第です。間違っていましてもご容赦くださいね。